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コラム 毎週木曜21時更新

2018年9月20日  真剣に

間が経つのは本当に早いなー。
いつもそう言ってるからいちいち言わなくてもいいんだけど、でも言いたくなるぐらい早いのでウザい。夏に毎日暑い暑いと言うのと同じだと自分を納得させるようにはしているが。

ついこの間、江の島でライブをやったかと思うともう今週末には怒涛のSODALITE4連発が始まる。(しかもそれが2週も(笑))
さらに今日までの2週間が無茶苦茶忙しかったこともあり、あっという間感は従来の比ではないのだ。

おかげさまで仕事が順調に増えてるのはありがたいんだけど、僕らの仕事(クイズ作家)といったらほとんど時間との交換の上に成り立ってるので「忙しくなる=時間がなくなる」となるのは必然なのである。
以前ほどではなくなったけどそれでも今でもクイズ作家を目指す人はいる。その若い連中に言いたいのはまさにここである。時間なくなるぞー。覚悟しろよー(笑)

さて、最近の僕のこのコラムの執筆パターンといえば4週目すなわちSODALITEの直前は休載している。何だかんだで準備に忙しいので時間をそっちに回したいんだよね。
もちろん今週も連日仮眠だけで過ごしているんだけど、今日はちょっと書きたくなったことがあったので書こうと思う。
それは江の島のライブの後に、ある参加者の方が僕に言ってくれたことがきっかけになっている。

トークライブではいつも参加してくれた皆さんからの質問をもとに僕が話を進めて行くんだけど、今回は初めての人も多く、質問も結構堅い系が多かった。
そうなると僕の回答とそこから始まるトークもどうも方向が堅くなってしまう。
そういった話をたくさん聞いた後、その彼女が感想報告がてらやや興奮した様子で僕に話しかけてきた。

「今日の話は今自分が考えたり悩んだりしていることの答ばっかりを話してくれたみたいでとてもよかったです」

もちろん言葉の枝葉末節は違っている(笑) そこまでちゃんと記憶できる脳はもともと持ち合わせてない(ドヤ顔) でも内容はこういうもので間違いない。

これに対して僕がちゃんと答えてあげられたのか覚えてないので、(なんでや!(笑))それでここで書いてみようと思ったわけなのだ。

さて、彼女のこの感想は実はとても大事なことを含んでいる。
そして彼女は目を向ける方向を誤っている。

誤ってるという言い方は失礼だな。申し訳ない。もっと別な表現をすると、彼女はもっと大事な部分に目を向けないいけない、ということなのだ。
僕の好物のサザエの壷焼きで言えば、(何故この例え!(笑)←江の島だから)、サザエの入り口の部分ばっかりを食べて美味しいというのではなく、その奥にある黒いやつの方が美味なんだ!ということだ。
って余計わかりにくいやん(笑) あのウンコみたなやつ普通にみんな嫌いやし。
でもねサザエ好きはあそここそが美味しいって言うのよ。いやホンマに。
そもそも海産物を食べようとするときに・・・
って何の話やねん。

とにかく思考を巡らせる方向が違っているのがもったいないって話だ。

僕のトークを聞いていると自分の問題の解決のヒントになった、たしかに特別な話のようだけど、実はこれは特別なことではないのである。
誰でも経験があると思う。悩んでいる時や困難な時にふと見に行った映画から無茶苦茶大事なことを学んだとか、流れてきた歌の歌詞で悩みが解決したとか。

ここで重要なのはその映画も歌もその人の悩みを解消させる目的で存在していたのでは決してないし、またその人に訴えかけた内容も単なる素材に過ぎず、それこそ直接的な表現や内容はなかったということなのだ。

僕のトークにしてもそう。僕の話は別に彼女の悩みを解決するためにあったのではなかった。だいたい何を話すかということすら僕にもわかっていない(笑)

それでは、これらのものはいずれも「たまたま」のものだったのか?
実はそれも違うのである。映画も歌も僕のトークもいずれも意図はないのだけど、それでも誰かの悩みを解消させる材料にはなっている。

前にもコラムで書いた「◯◯は人生と同じだ」と同じだということだ。

僕は「◯◯は人生と同じだ」という言葉が嫌いではないけど使わない。なぜならば「太陽は東から昇る」ということをドヤ顔で言っているのと同じぐらい不思議なことと思っているからである。

何かに長い時間かけて触れていると、ある程度以上の段階で人は必ず哲学や思考をし始める。そうなると大抵の場合「これは人生と同じだ」という結論にたどり着く。それはなぜか、それは誰もが「人生」というものに対してだけは例外なしに長い時間、そして真剣に触れているからだ。
つまりその人にとって哲学や思考の対象が2つだけであるため、必ずその2つが結びつくのである。もちろんそんな対象が2つもあれば十分面白い人生であることは間違いないんだけど。

例えばその思考の結論を誘発するものに「やればやるほど奥が深い」がある。
でもそれはどんなものでもそうなのだ。何かに対して真剣に取り組むと「奥」や「底」や「天井」には決してたどり着けない。
僕はクイズは徹底的に接してきたと胸を張って言える。だからクイズの奥が深いのは十分承知している。だからこそやったことがないもの、例えば農業とか同時通訳とかお菓子作りとかでもちゃんと向き合えば奥が深いんだろうなというのは簡単に想像できる。
そしてそれらがすべからく「人生と同じ」というのもわかるのである。

このように一見特殊に見えて実は普遍的なことというのがたまにある。
彼女が今回言ってきた感想もその1つだ。
つまりこの場合、彼女が真剣に悩んでいたから、そしてもう1つ、僕の話を真剣に聞こうとしたからこそ、僕の話のなかにある普遍的な素材を、いい意味で自分勝手に「解釈した」ということなのである。
やはりここでも僕がいつも言っている、「解釈力の大事さ」が現れているのだ。

これまでも僕のコラムを読んで「自分に言ってるみたいだ」と思った人もいると思う。しかしながら当然僕はその人に向けて文章を書いてはいない。でもそう思ったのなら、それは自分が何かに対して真剣に取り組んでいる証なんだと確認出来ることなのである。
そして真剣だからこそ何かを乗り越えられるわけなので、「自分に向けられている」と感じたらすなわち「もうすぐ峠は越す」と心を穏やかにすることができるのだ。

偉そうなことを書いているが、僕も昔に師匠に言われたことがある。
気分が落ち込んでオレ(師匠)と話をするのが躊躇われる時ほどオレに会いに来い、って。
彼は自分の話の中にある普遍的な「材料」の存在を当然把握していて、僕が解釈力をもって自分で心を整えることができるのも知っていたのだ。

彼女は江の島にやって来るということを誰の助言もなくやってのけた。それでもう昔の僕よりは全然レベルが上なのである。

もちろん僕にお礼を言ってくれたのは嬉しかったし、それは僕の中に力をくれたことは間違いない。だからそれはありがとうと言いたい。
でもあなたはもっと自分自身のなかにある解釈力の強さを知るべきだし、まもなく問題が解決するであろう喜びにもっと目を向けるべきなのだ。

なーんてね。
ではSODALITEの準備に戻ります(笑)

ではまた来週の木曜日。




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